中小企業の取るべきパワハラ対策

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この記事は2021年6月に配布した顧問企業法務通信から抜粋したものです。

いつもご相談ありがとうございます。

今回は、2022年4月から法令により中小企業にも義務づけられる、ハラスメント防止対策について、特にパワハラに絞って、書いてみました。

1990年に裁判所がセクハラを認定して、2012年に厚労省がパワハラの典型例を公表して、これらの概念は既に社会的に身近なものとなっています。
2019年に国会で労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が改正され、2020年に厚労省が「精神障害の労災認定基準」にパワハラを追加しています。
さらに、カスタマーハラスメント(顧客が自社の従業員へ攻撃的な発言をする、自社の従業員が他社の担当者へ性的言動をする等)も問題となっています。
企業が各種ハラスメントについて対策をすることは相応の負担もあるでしょうが、社会的にも法律的にも強く要請されていますし、長期的に真に優秀な人材を確保することができる企業となるのではないかと思います。
とはいえ、一口にパワハラと言っても線引きは結構難しいと思います。

そこで、基本的なことは厚労省のパンフレット(合計66頁)に書かれているものの、中小企業の取るべきパワハラ対策について、私なりに書いてみました。

厚労省のパンフレット

【1 そもそもパワハラとは何か?】

パワハラの具体例(類型・限界事例)を意識するとよいでしょう

【2 パワハラ等の防止のためにすべき対策】
2022年4月から法令により中小企業も義務づけられます

【1 そもそもパワハラとは何か?】

パワハラの具体例(類型・限界事例)を意識するとよいでしょう

(パワハラの法令上の定義) ※ 労働施策総合推進法30条の2

・職場におけるパワハラは、職場において行われる以下の①~③の要素を全て満たすものをいいます。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワハラには該当しません。
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるもの

・「職場」……出張先や移動中、事業者が開催する懇親会なども含まれます。
「労働者」……契約社員、アルバイト・パート、派遣社員も含まれます。

・取引先の担当者や業務委託先の個人事業主は、通常、「労働者」に含まれず、法令上の定義によるパワハラには該当しません。しかし、発注者の受注先等に対する上記①~③の要素を全て満たす行為は、許容されるわけではなく、カスタマーハラスメント等として別途問題となる可能性があります。

・「優越的な関係」……上司から部下に対するものだけではなく、業務遂行上や集団対個人等の力関係があれば、部下から上司に対するものも含まれます。

(パワハラの6つの典型例)

・以下の6つの類型が典型ですが、下記の類型に限定されませんし、個別具体的な事案によって判断が分かれることがあります。

① 暴行・傷害(身体的な攻撃)
※ 頭をはたく、物を投げつける等であり、怪我の有無は問いません

② 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
※ 人格否定、長時間の厳しい叱責、他の従業員の面前での叱責の繰返

③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
※ 長期間の別室隔離や自宅研修、集団による無視(上下関係問わない)

④ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制等)
※ 業務と直接関係ない作業、新人に難題を課す、経営者の私用の処理

⑤ 過小な要求(合理性なく能力とかけ離れた程度の低い仕事を命じる等)
※ 自主退職を促すために管理職に延々と職場の草むしりをさせる等

⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)
※ 職場外の行動の監視、病歴等の機微情報の暴露

(パワハラの限界事例~業務上適正な指導と言えるか)

・パワハラと認定されやすい行為の例……暴力、執拗な指導、職務と関係ない発言(人格否定)、不利益告知(クビにするぞ)、感情的表現、威圧的態度

・厚労省指針(令和2年厚生労働省告示第5号)……「業務上明らかに必要性のない言動」「業務の目的を大きく逸脱した言動」「業務を遂行するための手段として不適当な言動」「当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動」にあたるかどうかにつき、当該言動の目的等の様々な要素を総合的に考慮すべき、個別の事案における事業主の指導と労働者の行動の関係性も考慮すべきとしています。

・東京地八王子支判平2・2・1(判タ725・117)……古い裁判例ですが、次のように判示しており、参考になります(以下判タ解説より引用)。

「Y1の製造長Y2は、部下従業員Xの不安全行為、機械操作、工程管理及び作業方法等の誤り、職場規律違反行為等を叱責し、その提出を渋るXに対しかなり執拗に始末書等の作成提出を要求し、3か月間に10通の始末書を提出させた。」
「(裁判所は)始末書を提出させた各場合につき個別的に検討し、大部分は、指導監督権の行使として必要な範囲内の行為で裁量権の逸脱はないとしたが、休暇申請手続上の軽微な過誤につき執拗に始末書の提出を求めた行為と跡片付けの再現を求めた行為につき、裁量権の逸脱があった(と認定した)」

(実際に訴訟でパワハラと認定された事例)

・上司が社員に対する接客訓練中に、社員の接客時における表情の笑顔が不十分であるとして、怒号を発して、ポスターを丸めた紙筒状の物で頭部を強く30回殴打し、さらにクリップボードで約20回頭部を殴打した。

・基本的なことをなかなか覚えられなかった事案で、2年間に亘り、「性格直しな。」、「もうあんた要らないよ。もう一緒にやっているとイライライライラしてくるのよ。」などと悪感情をぶつけてくる言動、退職勧奨をした。

・バス運転手Xが業務でバスを運転中に駐車車両と接触事故を起こした事案で、Yは、Xに対し、下車勤務を命じて、期限を付さずに、多数ある下車勤務の勤務形態の中から炎天下における構内除草作業のみを選択して作業させた。

(実際に訴訟でパワハラと認定されなかった事例)

・パソコンの使用が禁止されている時間帯にパソコン操作をしたため、システムダウンを起こしたことを理由に、パソコンを使用する業務から外した。

・金銭紛失事故への関与が疑われていたことから、会社が、当該社員を、現金を取り扱う出札業務から外して、一時的に就業制限した。

【2 パワハラ等の防止のためにすべき対策】

2022年4月から法令により中小企業も義務づけられます

(中小企業が義務付けられる対策)

・関係法令により中小企業も以下の対策が義務づけられます。
パワハラ防止、セクハラ防止、マタハラ防止、介護休業ハラスメント防止

・また、社外との関係でも、中小企業も以下の対策が推奨されます。
カスタマーハラスメント防止、就活ハラスメント防止

・パワハラ対策として具体的に以下の措置が義務づけられます。
特に、就業規則の改訂、相談窓口の設置等が必要になります。

【事業主の方針の明確化及びその周知・啓発】

① パワーハラスメントの内容や方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
② パワーハラスメントの行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること

【相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備】

③ 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
④ 相談窓口担当者が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること
パワーハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、発生のおそれがある場合や、パワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応すること

【職場におけるパワーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応】

⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認すること
⑥ 事実関係の確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
⑦ 事実関係の確認ができた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと
⑧ 再発防止に向けた措置を講ずること

【併せて講ずべき措置】

⑨ 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること
⑩ 事業主に相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、都道府県労働局の援助制度を利用したこと等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

(就業規則の改訂)

・就業規則に防止規定等を定めるとよいでしょう(厚労省パンフ34頁参照)。

・その他、社内向けの周知の書面や研修を活用することも有効・必要です。

(相談窓口の設置)

・目的は良好な就業環境の回復であり、すべきことは相談の傾聴、事実の調査、回復に向けた対処等であって、金銭補償ではないものと考えられます。

・相談窓口(パワハラの被害者等が相談する相談先)は、社内に設置する場合、社外に設置する場合、社内と社外の双方に設置する場合が考えられます。

・社内に設置する場合、特に中小企業では人員がすくないため、相談窓口の担当者(例:管理職等)とパワハラ等の加害者とされる者(例:中堅社員)が親しいことが多く、秘密保護や調査・対処の公平中立性に不安があり、被害者(例:新入社員)の相談先として実質的に機能しない可能性があります。

・社外に設置する場合、相談窓口を顧問弁護士や顧問社労士とすると、相談者と事業主がパワハラ等の事実・評価や責任の所在について対立的な見解を有するに至った場合、利益相反となり、その後は顧問弁護士や顧問社労士が相談者からも事業主からも相談を受けられない事態となる可能性があります。

※ ここで利益相反について留意すべきとしているのはパワハラの当事者が顧問弁護士等へ直接相談する場合であり、顧問先企業様が会社として顧問弁護士等へ相談することについては全く問題ありませんので、もし社内でパワハラ発生の疑いがある場合には、ご遠慮なく速やかにご相談ください。

・中小企業における相談窓口の設置の実務としては、一例ですが、以下が考えられます。

① 社内と社外に設置して、相談者に相談先を内密に自由に選択してもらい、相談窓口の担当者は相談したこと自体や相談内容を秘密として厳守する。
② 社内の相談窓口は本社の管理者・人事労務部門等から男女1名ずつ担当させて、相談対応や秘密厳守について、事前研修を行う。
③ 社内の相談窓口で相談の概要を聴取したうえで、公平中立な調査や対処が困難と考えられる場合には、外部の相談窓口を案内する。
④ 社外の相談窓口は、コストがかかるが、外部(弁護士、コンサル会社等)に委託することも検討する(コンサル会社等は弁護士法違反に留意する)。

・また、自社の従業員(被害者)が顧客(加害者)から攻撃的な言動を受ける等のカスタマーハラスメントの被害にあった場合、会社や従業員としては警察へ通報しづらいこともあるでしょうから、会社や従業員から顧問弁護士へ速やかに連絡・相談してよい、としておくことも有用かと思われます。

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