建物賃貸借における特約の効力

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この記事は2021年4月に配布した顧問企業法務通信から抜粋したものです。

相変わらず落ち着かない世相ですが、皆さま、お変わりないでしょうか。

前回は契約書の作成やチェックの際のヒントについて書きました。
今回は建物賃貸借における特約の効力についてです。

契約書に記載したことが全て有効となるわけではないところが契約書の難しいところであり、条項の有効性の問題を説明することは簡単ではありません。
ところで、多くの事業者にとって、建物賃貸借というのは避けて通れないことですし、建物を借りる側ではなく貸す側に立つこともあると思います。
また、昨今、コロナ禍の影響で賃料滞納、退去(あるいはコロナ禍の補助金の影響による新規出店や設備投資)が問題となることも増えており、各種特約の効力が問題になることもすくなくありません。

そこで、建物賃貸借における特約の効力は知っておいていただいて損はないでしょうし、条項の有効性という概念についても知っていただけるのではないかと思い、書いてみました。

【1 貸主から借主への退去要求に関する特約】

判例法理や借地借家法により借主は貸主より保護されています

【2 借主から貸主への解約希望に関する特約】

借主であっても貸主より常に保護されるわけではありません

【3 その他の各種特約】

まだまだいろいろあります、効力を巡る裁判がニュースになることも

【1 貸主から借主への退去要求に関する特約】

判例法理や借地借家法により借主は貸主より保護されています

(賃料滞納に基づく無催告解除や即時解除の特約)

・建物賃貸借では、賃料の不払に関して、通常、次のような特約があります
「賃料の*か月分の滞納があったときは、催告せずに契約を解除できる」
「賃料の滞納があり催告したが解消されなかったときは、契約を解除できる」

・上記特約は一応有効ですが、裁判では解除が認められない場合もあります
実際の滞納が賃料の1~2か月分であれば、経緯次第ですが、特約や催告の有無に関係なく、裁判では解除が認められない可能性が十分にあります

・本来、賃料の支払は建物賃貸借における借主の基本的な債務ですので、賃料の滞納があれば、直ちに解除できる(退去を要求できる)ように思えます
しかしながら、建物賃貸借は、信頼関係を基礎とする継続的契約であること、建物は生活や営業の拠点であり解除されれば借主の不利益が大きいことから、借主に多少の義務の不履行があっただけでは、貸主の解除を認めないとすることが裁判所の考え方であり、「信頼関係破壊の法理」と呼ばれています

・なお、令和2年4月施行の改正民法の541条但書も、信頼関係破壊の法理と同様に、多少の債務不履行では契約を解除できない旨を規定しています

(老朽建物の建替応諾の特約や、分譲賃貸の貸主利用応諾の特約)

・古い建物や分譲賃貸等に関して、次のような特約があることがあります
「建替をすることとなったときは、借主は退去しなければならない」
「貸主が利用することになったときは、借主は退去しなければならない」

・上記特約は借地借家法28条に違反するため法的には無効な特約です
貸主と借主の話し合いで解決できればよいですが、入居時に説明や合意をしていたとしても、退去要求時に借主が拒めば貸主は手出しできません
建物は住居や営業の拠点であり、借主は借地借家法で強力に保護されているので、入居時に説明や合意をしていたとしても、法的には無効とされます

・なお、建物取壊が法令や契約により義務付けられている場合、建物取壊時に賃貸借契約を終了とする合意をすることはできます(借地借家法39条)

・貸主としては、一定期間経過後、老朽化や再開発目的による建替や、転勤や退職による貸主自身の居住を予定しているのであれば、通常の建物賃貸借契約を締結するのではなく、書面性等の要件を満たした定期建物賃貸借契約を締結することで、契約期間満了をもって借主へ退去を求めることができます

【2 借主から貸主への解約希望に関する特約】

借主であっても貸主より常に保護されるわけではありません

(中途解約における違約金特約)

・契約期間中の中途解約に関して違約金条項が定められることがあります
「中途解約は6か月前に予告しなければならない」
「中途解約する場合、残余期間賃料を違約金として支払わなければならない」

・上記特約の効力は、借主が事業者か消費者か、分けて考える必要があります

・まず、借主が事業者の場合、上記特約は原則有効と考えられます
借主が貸主より保護される理由は、建物は生活や営業の拠点であり、これを喪失すると不利益が大きいからにすぎず、勝手を許すものではありません
契約で借主は建物の利用権を、貸主は賃料の受領権を取得しており、借主の勝手な中途解約により貸主の賃料の受領権を奪うことはできません
もっとも、裁判では、高額な違約金条項は一部無効とされることがあります
例えば、契約期間が5年間で、中途解約が入居後1年後のような場合、裁判では、違約金は4年分ではなく1年分のみとされる可能性があります

・次に、借主が消費者の場合、上記特約は無効とされる可能性が高いでしょう
事業者か消費者か関係なく、判例法理や借地借家法により、借主は貸主より保護されていますが、消費者契約法により消費者は事業者より保護されます
そのため、借主が消費者の場合、裁判では、上記特約は消費者契約法9条や10条により無効とされる可能性が高いものと思われます
なお、借主が消費者の場合、中途解約を1か月前予告としたうえで、短期解約違約金を設定しない(または賃料1か月分とする)ことが考えられます

(中途解約における保証金不返還特約)

・類似した話で、借主が事業者の場合、次のような特約があることがあります
「中途解約時は保証金を全額償却して返還を要しない」

・上記特約の効力は、保証金の性質によりますが、一部無効とされるでしょう

・借主が事業者の場合、賃料半年分~1年分相当額の保証金を預託することが求められることが多く、通常、その全部または大半は、敷金と同様に、賃料や原状回復の担保として預託されるものであると考えられます

・中途解約のなされた場合、裁判では、保証金を既に経過した賃貸期間と残余期間で案分して残余期間に対応する部分のみを償却してよい(返還しなくてよい)とされる可能性が高いものと考えられます

【3 その他の各種特約】

まだまだいろいろあります、効力を巡るがニュースになることも

(敷引特約、更新料特約)

・西日本では敷引特約が、東日本では更新料特約が、めずらしくありません
「敷金賃料5か月分のうち賃料3か月分は退去時に返還しない」
「契約期間満了時の更新に賃料1か月分の更新料を支払う」

・それぞれ、平成23年に最高裁判決が出されており、消費者契約法10条に違反して無効とならないかが検討されており、個別具体的に判断するものとされているものの、結論として高額でない限り原則有効とされています

(賃料自動増額改定特約)

・かつてのバブル期に使用された特約ですが現在でも時々あります
「2年毎の契約更新時に賃料を10%増額する」

・上記特約は、増額程度や社会情勢にもよると思いますが、借地借家法32条の規定に違反するものとして、無効とされる可能性が高いです

(ハウスクリーニング特約、設備毀損の損害賠償を定めた特約)

・通常損耗に関する部分を賃借人の負担とする特約の一例です

「退去後原状回復の専門業者ハウスクリーニングの費用を賃借人負担とする」
「退去時に設備毀損が発覚した場合には全額弁償する」

・通常損耗に関する部分を賃借人の負担とするには、平成17年最高裁判例が、契約時に明確な合意をすること等を要件としています
また、上記最判に関連して、国土交通省作成のガイドラインがあり、これ自体は居住用を前提とするものですが、オフィス等の事業用建物の賃貸借契約についても、ガイドラインが妥当するとして、明確な合意を要求する裁判例があります
したがって、事業用建物の賃貸借契約においても、通常損耗に関する部分を賃借人の負担とするには、ガイドラインを意識した明確な合意をしておくことが望ましいことになります

・ハウスクリーニング特約は、通常損耗に関する部分を賃借人の負担とする特約の一例ですが、明確なためか、裁判では有効とされる例が多いようです

・退去時に設備毀損が発覚した場合には全額弁償するか設備の経年劣化を考慮して一部弁償するかは難しいところですが、設備自体の市場価値は経年劣化により減価償却相当分低下しているとしても、裁判では設備毀損がなければ設備新調は不要だったとして全額弁償を認めることもあるようです

(借主行方不明時の残置物処分に関する特約)

・重要な特約ですが、裁判では内容次第で無効とされる可能性もあります
「退去後残置された賃借人所有物の所有権を放棄したものとみなす」

・なお、最近、大阪高裁が連絡不通・相当期間利用なし等の条件下で滞納時の残置物処分の特約を有効と認めたとして、ニュースになりました

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