「内定」を理解してトラブル回避

この記事は2019年9月に配布した顧問企業法務通信から抜粋したものです。

いつも、ご相談、ご活用いただきまして、ありがとうございます。
今回は、社員採用時の「内定」の注意点について、書かせていただきました。

10月は年度の後半のスタート。早いもので、来春新卒入社予定の学生に向けて地元企業が内定式を開催した、というニュースを耳にする時期でもあります。
皆さまの中にも、来春新卒入社予定や近々中途入社予定で、学生や転職希望者に内定を出した、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

もっとも、内定をめぐるトラブルは、ニュースなどで時々耳にします。
今年8月、リクナビが就職活動中の学生の内定辞退率を予測したデータを企業に販売したことが問題になりましたが、ここには企業としては時間と費用をかけて採用した学生から安易に内定を辞退されることを避けたいという背景があります。
今年9月には、病院が採用希望者へ内定を出したものの、その直後に病院がその内定者のカルテを無断で確認して内定者がHIVに感染していることがわかり、内定取消をしたことで訴訟となり、裁判所は病院側へ損害賠償を命じました。
2014年には、テレビ局が学生へアナウンサーの内定を出したものの、その直後に内定者がホステスとしてアルバイトした経験があったことがわかり、内定取消をしたことで訴訟に至りました(その後、和解して入社しました。)。
企業として社員を採用することは必須である以上、「内定」について法的にはどのように整理されているのか、経営者や人事担当者は知っておくべきでしょう。
なお、紙面の都合で取り上げることはできませんでしたが、法的には、企業が内定取消をすることは通常困難ですが、内定者が内定辞退をすることは許容されていますので、その点もご留意ください。

【1 「内定」と「内々定」は法的には大きく異なる】
【2 その内定、本当に取り消せますか?】

【1 「内定」と「内々定」は法的には大きく異なる】
「内定」は「契約」であり法的拘束力があります

(一般的な採用の流れ)
・ 募集~採用選考~内々定~内定~入社
採用活動・就職活動・転職活動の方法や流れにこれと言って決まりはありませんが、企業説明会等の実施~採用希望者の募集、採用選考を経て、企業が採用希望者へ採用を決定した旨を伝え、採用希望者が企業へ入社を希望する旨を伝え、正式に内定通知がなされ(内定式が開催されれば、その中で内定書と承諾書がやりとりされる)、実際に入社することが多いようです。
そして、企業が採用希望者へ採用を決定した旨を伝えて採用希望者が企業へ入社を希望する旨を伝えた段階を「内々定」と呼ぶことが多く、正式に内定通知がなされた段階を「内定」と呼ぶことが多いようです。

(「内定」と「内々定」の法的な区別・違い)
・ 法的には「内定」は「契約」であり法的拘束力がある
採用活動等で「内定」「内々定」という用語が用いられていますが、法的には「内定」とは、一定時期(例えば来春)を雇用開始時期とする労働契約を予め(例えば今秋)締結することや締結した状態を指します。
したがって、法的に「内定」の状態にある評価される場合には、まだ実際には入社するに至っていませんが、わかりやすく言えば、法的には実質的に入社したようなものであり、双方(特に企業側)に法的拘束力があります。
そして、入社後に企業が労働者を解雇することが法的に困難であるように、入社前に企業が学生等の内定を取り消すことは法的に困難であり、内定取消をめぐり法的紛争となれば裁判所が企業に損害賠償を命じることもあります。
なお、ちょっとわかりにくくなりますが、仮に「内定」ではなく「内々定」にすぎないとしても、企業が学生等へ不誠実な対応をすれば損害賠償命令に発展することもあるので(裁判例あり)、その点も注意が必要です。
・ 「内定」と「内々定」の法的な区別
何をもって法的に「内定」と評価されるかですが、種々の事情(具体的な労働条件の提示、入社誓約書の提出、「内定」ではなく「内々定」であることの明記、入社前提の研修実施等の有無・程度)を総合して判断されます。
種々の事情を考慮して、企業が、学生等に対し、「学生等が他社へ今後は就職活動をすることのないよう制限している」と評価されれば、通常、法的には「内定」と評価されることになります。

【2 その内定、本当に取り消せますか?】
安易な内定取消はトラブルに発展します

(内定者の問題行動に対する企業の対応)
・ 内定者の問題行動でも内定取消は容易ではない
時間や費用をかけて採用・内定したものの、残念ながら内定後~入社前の段階で内定者に問題行動があると企業が考えるに至った場合、内定を取り消したいかもしれません。
しかしながら、法的には「内定」と評価される場合には、入社後に企業が労働者を解雇することが法的に困難であるように、入社前に企業が学生等の内定を取り消すことは法的に困難です。
・ 内定後~入社前の段階で内定者のSNSが炎上した
例えば、内定後~入社前の段階で、内定者がSNS上に差別的な内容を投稿して炎上したことで、不特定多数の者から企業へ抗議の電話がかかってきているような場合、どうしたらよいでしょうか。
この場合、考慮要素としては、内定者がSNS上に内定先企業を明示していたか、内定者の投稿内容にどのような問題があり企業の業務にどの程度関連性があるか、内定者の投稿により企業にどのような損害(例えばイメージ低下や電話抗議・不買運動等)があったか、内定時以降に企業が内定者へ不祥事等がないように指導教育していたか等があります。
実務的な対応としては、上記考慮要素を総合したうえで、それでも企業が内定者へ内定取消とすべきと判断する場合には、企業から内定者へ内定辞退を勧奨する(場合によっては解決金も支払う)ということになりそうです。
・ 内定後~入社前の段階で内定者が企業の研修等に誠実に参加していない
例えば、内定後~入社前の段階で、企業が内定者へ研修等に参加するように求められているのに、内定者が企業の研修等に誠実に対応していないような場合、どうしたら良いでしょうか。
企業からすれば、このような内定者は、先が思いやられるところでしょう。
しかしながら、内定後~入社前の段階であれば、内定者とは言え、学生や転職希望者であり、本分たる学業や転職前の勤務先の仕事があるわけですし、給与等を支払うわけでもなく、そもそも業務命令をする根拠がありません。
したがって、内定取消ではなく、なぜ研修等に誠実に参加していないのか、十分に理由を聞いて話し合いの機会を持つようにすることが肝要です。
それでも内定取消としたいなら、リスク覚悟で企業から内定者へ内定辞退を勧奨する(場合によっては解決金も支払う)ということになりそうです。

(内定者の私的な事故や病気に対する企業の対応)
・ 内定者が私的な事故や病気により入院して入社日に会社に出勤できない
このような場合、内定者について、事故や病気の内容や程度、治療に必要な期間や内容、治療後の状況が企業の「今後の就労に耐えない」と言えるかどうか等を総合して判断することになります。
一概に判断しづらいところですが、配属が予定されていた部署以外でなら就労可能か、試用期間中(通常3か月間~半年間)に復帰可能か、というあたりで判断することになりそうです。
実務的には、診断書等を提出してもらって状態をよく確認して、内定取消をするにしてもしないにしても、十分な話し合いで解決すべきところです。

(内定後に発覚した事情の取り扱いには要注意!)
・ 採用選考時に考慮要素として明示していなかった事情の取り扱い
採用選考時にいかなる事情を考慮要素とするかは明示されていないことがすくなくありません。明確な採用基準を確立していない、病歴等慎重に取り扱うべき事情も実際には考慮したりしているのかもしれません。
そのため、内定後、採用選考時に考慮要素として明示していなかった事情が発覚して、企業が、内定者に対し、それ(あるいはかかる事情について、秘匿したり虚偽を述べたりしていたこと)を理由に内定取消をしようとすることでトラブルになることがあります。
このお手紙の表書きで書いたテレビ局の例や病院の例なども、その類いではないかと思われますが、内定取消が違法とされるケースが多いようです。

(企業の急激な業績悪化と内定取消)
・ 企業の急激な業績悪化は内定取消の理由になるのか
例えば、内定後~入社前の段階で、企業の業績が急激に悪化してしまい、新入社員の採用・入社どころか、既存社員の雇用の維持が困難となっているような場合にまで、内定取消はできないのでしょうか。
この場合、企業の業績の悪化の程度(倒産危機にあるのか等)、新入社員の採用の見送りや既存社員の退職の実施の前に、様々なコストカット等、先にすべきことはしているのかを考慮することになります。
そのうえで、新入社員の採用の見送りと、既存社員の退職の実施と、どちらを取るのかが悩ましい問題ですが、法的には、新入社員の採用の見送ってでも、既存社員の雇用の確保に努めるべきと考えられているようです。
いずれにせよ、企業側の都合で内定者の生活や進路に重大な悪影響を与えることですから、急激な業績悪化で大変な時期であっても、企業が内定者へ丁寧なフォローを尽くすべきことはいうまでもありません。

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